旧ユーゴスラビアの旅5 – ザグレブ着

[写真1-4] ボスニア北部、たぶんバニャルカ辺りではないかと思われる。ボスニアは、ムスリムとクロアチア系住民が大勢のFD (Federation of Bosnia and Herzegovina) とセルビア系住民が大勢のRS (Republika Srpska) に分かれている。バニャルカはRS側の首都。街の落書きにもキリル文字っぽいのが目立つので恐らくRSかと。

バスはクロアチアとの国境へ。国境ではバスから降りての入国審査。と言っても、特別何か書いたり検査されたりすることはない。パスポートを準備して現地の人たちの列に並んで係官に呼ばれるのを待っていれば良い。係官はかわいらしい女性で、スタンプを押したあと笑顔で見送ってくれた。再びバスへ。国境はかなり混んでいてなかなか出発しない。バスの窓から道路の様子を見ていると、車線を譲る譲らないでしょっちゅうクラクションが鳴り響く。現地の男性は体格が良く、髪を短く刈り込んでいる人が多いので、見ているだけで萎縮してしまう。

すっかり日が暮れた頃、バスは再びザグレブに向かって出発。程なくしてパーキングエリアに停車。成田を出て以来、まともなものを食べていなかったので、なにか暖かいものが食べたかったが、車内アナウンスが現地語で、どのくらい停まるのか分からない。運転手に聞けばよいのだが、体内の残存エネルギーと、もし英語が通じなかった時の落胆の度合いを天秤にかけると、水だけ飲んでイトー夫妻とダベっているのが良さそうに思えた。

バスはザグレブに向かって出発。景色が徐々に都会になってゆく。道幅も広く、舗装も行き届いていて大型のショッピング施設などが目に留まる。幹線道の街灯はオレンジ色。十分すぎるほどの明るさだが、色温度の高い光線が様々な物体から色彩を奪い、均質化された都会の街が闇夜にのっぺりと広がっている。

[写真5,6] 21時頃、ついにバスはザグレブのバスターミナルに到着。長い道のりだったが達成感が疲れを上回る。イトー夫妻が燻らすタバコの煙にもやり遂げた感が。


Astro Sangeet live tour

【演奏のお知らせ】
11/28より、ミナクマリさんと四国の3箇所で演奏することになりました。今回は、プロジェクターで映像を流しながら演奏する予定です。僕らの音楽を聴いてくれた方々から「洗剤より安心」とか「夜中にトイレで目覚めることがなくなった」、さらには「飛距離が50ヤード伸びた」など、嬉しいお便りが続々届いております。

嘘です。

ぜひ遊びに来てください!

『Astro Sangeet live tour』
by minakumari and aotof
●11/28 [金] at にゃん基地
〒793-0064 愛媛県 西条市西泉乙107番地
℡ 090-6288-0883
brain.xl555@gmail.com
Start : 19:30 前売り1800円・当日2300円
ミナクマリ、チャイブレンドワークショップ参加者募集中。
チャイ・コーヒー・アルコール各種は販売あり。
ドリンクやお菓子等持ち込み自由。

●11/29 [土] at なこち 
〒778-0202 徳島県 三好市東祖谷落合252
℡ 090-9831-7522
http://nakochi.site44.com
Mail info.nakochi@gmail.com
Open :19:00 Start : 19:30 前売り2000円・当日2500円

●11/30 [日] at cafe la taupe
〒763-0043 香川県 丸亀市香川県丸亀市通町28番3号 
℡ 0877-23-3008 
https://www.facebook.com/cafelataupe3008
Open : 18:30 start : 19:00
前売り2500円(1drink付) ・当日3000円(1drink付)


旧ユーゴスラビアの旅4 – サラエボからザグレブへ

[写真1] サラエボのバス乗り場よりクロアチアのザグレブに向かって出発。いきなり砲撃で破壊されたと思われる建物が。

[写真2] 味のあるマンション。どことなく社会主義的な雰囲気が。旧ユーゴ時代に建てられたものだろうか。

[写真3] かつてのセルビア人支配地域「グルバビッツァ地区」の近く。紛争時は最前線だった場所。オシム監督はグルバビッツァに住んでいたのだとか。大きなサッカースタジアムもある。

[写真4] しばらくするとほのぼのした田舎の風景に。護岸工事のなされていない川が美しい。

[写真5] 国政選挙が近いためか、各地で政治家のものと思われるポスターが。サラエボでは、ボスニア・ヘルツェゴビナ初代大統領アリヤ・イゼトベゴヴィッチの息子、バキル氏の巨大な看板をいくつか目にした。

[写真6] 乗車したバス。なかなか快適でした。トイレはパーキングで済ますことになるので、水の飲み過ぎには注意。

[写真7] バスから目にしたものを書き取るイトー奥さん。さすがはグラフィックデザイナー。

[写真8] イトー君の足元。断りなく本人の写真を載せちゃまずいので足だけの登場。

[写真9] なんと、地中からガードレールが生えてきてるじゃないか。

[写真10] ボスニアの自然、美しい。

 


旧ユーゴスラビアの旅3 – トルコからサラエボ

[写真1] 無事にトルコを出発。下は雲海。マケドニアの辺りだろうか。

[写真2,3] 恐らくボスニア領内。サラエボの標高は550m。周囲が山に囲まれた盆地のため、霧や雲が立ち込めやすい。飛行機が遅れたのはこのため。

[写真4] 感動の瞬間。サラエボの街が眼下に。遂に来てしまった。

[写真5,6] 雲海に突入。そしてまもなくランディング。

[写真7] 無事サラエボ空港へ。感無量。内戦でダメージを受けた空港も今ではこの通り綺麗に修復され、ボスニアの玄関口として機能している。 戦争から約20年ほど経過しているので、当たり前といえば当たり前なのだが。

入国審査をパスして空港のメインロビーへ移動すると、190cmはあろうかという大男が「Shinsuke Inove」とかかれた紙を持って立っている。私、Inoueなんですけどね。

後に知ることになるのだが、ピックアップに来てくれたこの人は、宿の女将さんの息子さんであった。

 


旧ユーゴスラビアの旅2 – 高松からトルコ

2014年10月8日早朝、高松空港に向かう。

[写真1] 見慣れた街並で、普段なら写真など撮ることもないのだが、この日はいつもと違うような雰囲気が。行き先が未知の国なだけに緊張していたのだろう。

[写真2] サラエボには高層マンションが屹立しているとのことで、比較のために車の窓から一枚。因みに、全国チェーンの丸亀製麺は讃岐が発祥ではないらしい。味は無難にまとめられていて香川育ちの自分でも違和感無く食べられる。

[写真3] 高松空港内のうどん屋にて。これからしばらく郷土の味が食べられなくなるので、出発前に一杯。これが最後の一杯にならなきゃ良いなー、なんて縁起でも無いことを考えながら食べた。

[写真4,5] ジェットスターで成田空港へ。10:30に着陸。出国は21時前なのでほぼ半日成田空港で過ごすことになる。とは言え、出国までに済ませておかなければならないサイトの更新など、実はやることがたくさんあったので暇を持て余すようなことは無かった。

18時頃、同行者の一人イトー君と一年ぶりの再会。早速ビールで一杯やっていると、もう一人の同行者、イトー君の奥さんが到着。みんなこの旅のために仕事に目処を付けてきたので少々お疲れ気味。

[写真6] ターキッシュエアラインの機内にて。イトー君、CanonのM2を入手したらしい。最近のミラーレスは良く出来ていると思う。タッチパネルの操作性が良い。

[写真7] タッチパネルと言えばこのモニタ。反応がイマイチでフリーズすることも度々。しかし無いよりは有った方が遥かに良い。映画を二本ほど観てウトウトと。

[写真8] トルコのアタテュルク国際空港に到着。愛煙家のイトー夫妻にとって長時間のフライトは苦痛だったに違いない。乗り継ぎまでの時間は四時間ほど。早朝ではあるが、チャンスが有ればイスタンブールの街を歩いてみあかったのだが、IS(イスラーム国)の問題で難民が流入しているとのことで、空港内で待機。

[写真9] 喫煙所はメインフロアの一階上。フードコート前のエスカレーターを登り、左斜め前にあるカフェとカフェの間を通って行くと薄暗い喫煙所がある。

サラエボに向かう一時間ほど前に遅延の知らせが。16日からサラエボでお世話になる宿に空港まで迎えに来てくれるようにお願いしていたので、状況を説明するために宿に電話。顔を合わせたことのない外国人に電話をするのは緊張する。しかも早朝だ。

何度かコール音が流れても出ない。寝ているのだろう。一旦切るが、申し訳ないなと思いつつ、もう一度電話してみる。すると女性の声で「ハロー」と。なかり眠そうだ。自分が誰であるかを伝えると、流暢な英語で「まあ!もしかして、迎えが来てないんですか?」と。「いいえ、実はまだトルコなのですが飛行機が遅れるみたいなんです」と伝えると、「わざわざ連絡してくれてありがとう。到着時間をドライバーに伝えるから心配しないでくださいね」と。物腰の柔らかい丁寧な応対にほっとひと安心。と同時に、ボスニア人のイメージが刷新された瞬間でもあった。もちろん良い意味で。

飛行機は二時間遅れでサラエボに向かって飛び立った。


旧ユーゴスラビアの旅 1

 

848A1750_22014年10月8日より17日間の旅程で、ボスニア・ヘルツェゴビナとクロアチア、スロベニアを旅してきました。出入国はサラエボ空港を利用。上空から見下ろすサラエボの街並みは圧巻でした。これから写真を交えなながら旅行記を書いてみようと思います。

旅程 & メモ
8日 – 高松 → 成田
9日 – イスタンブール → サラエボ → ザグレブ
10日 – ザグレブ → リュブリャナ → ブレッド湖 → リュブリャナ → ザグレブ
11日 – ザグレブ → プリトヴィッツェ → ザグレブ
12日 – ザグレブ → ドブロブニク
13日 – ドブロブニク(洗濯日)
14日 – ドブロブニク
15日 – ドブロブニク → モスタル (ロバート同行)
16日 – モスタル → サラエボ (イトー家最終日)
17日 – サラエボ (ロバート合流)
18日 – サラエボ
19日 – サラエボ (スギムラ合流)
20日 – サラエボ (ロバート最終日)
21日 – サラエボ → モスタル → ドブロブニク
22日 – ドブロブニク → サラエボ
23日 – サラエボ → イスタンブール
24日 – 関空


練習

gaze

写真 : 2013年8月 JKI スーパーフェザー級タイトルマッチ

昨日は19時ごろからジムにて練習。肩の調子がまだまだなので、上半身はごく軽く。フォームを意識しながら。蹴りはミドルを中心に思い切り。スネ毛が抜けてツルツルになった。速度は落ちたが、重さはあまり変わっていないようで一安心。

すぐ脇で、高校生3人が楽しそうに練習していたので、お節介ながらちょっとだけ蹴り方を教えた。サンドバッグの表面ではなく、芯部に衝撃を伝えるように蹴る。5割りくらいのスピードで蹴ってもサンドバッグが浮くように。「バーン」ではなく「ドッ カン」。筋肉の作業だけでは重たいサンドバッグは浮かない。軸と自重を使うことが重要であると。

軸や自重もさることながら、蹴りは踏み込みがとても重要。踏み込が甘いと蹴りが軽くなる。しっかりした踏み込みは、きちんとしたフットワークによって生み出される。結局、基本が一番大事。

 踏み込みと言っても、単に前足を前方に送るだけでは意味が無い。踏み込んだ直後に下を向き、頭部が前足の膝の真上に来るようにする。


トレーナー

先日まで、とあるキックボクシングのジムでチーフトレーナーとして活動していた。毎週火曜日と木曜日の週2回。いつトレーナーになったのか良く覚えていないが、3年くらいは務めたのだろうか。9月からは、サブ・トレーナとして、これまでよりも緩やかにジムに関わることになる。

好きな時間にジムに行き、少し教えて後は自分の練習。巧いキックボクサーを目指して。


初ポスト

WordPressを勉強するために「_s」をインストール。いろいろと弄りながら最終的に見栄えの良いテーマを作成できたらと思う。当面は非常に見難いレイアウトのままポストして行くが、大したことも書かないので大目に見ていただければと思う。