サラエボの寿司店「SUSHI SAN」

※2014年の旅の記事が完成していませんが、特記すべき事柄は順番に関係なく挿入していきたいなと思います。

サラエボに「SUSHI SAN」というお寿司屋さんがある。長身の大将と二人のスタッフが切り盛りする素敵なお店だ。四人掛けのカンター席と、窓側に二名席。コンパクトではあるが、白を基調とした店内には清潔感が漂う。

ネタは、マグロ、サーモン、ホタテ、甘エビなど。どれも新鮮で臭みもなくとても旨い。シャリにはコシヒカリを使用。醤油も日本で口にするものと遜色ない。ガリに関しては、日本で食べるものよりも旨くて驚いた。こだわりの自家製である。アボカドを使ったニュースタンダードな巻き寿司も旨く、来店の際はぜひお試しいただきたい。

大将に「どうですか?」と聞かれたので、「とても旨くて驚いています」と言うと、ニンマリしながらペコッと頭を下げる。その仕草には実意が感じられ、ご自身の仕事に誇りを持っているんだな、と感銘を受けた。異国の地でこれ程の寿司が楽しめるのは幸せなことだ。

ところで、店名の「SUSHI SAN」であるが、「SAN」はボスニアの言葉で「dream」を意味する。つまり「夢の寿司」だ。大将の握る寿司には「夢」が込められている。

大将曰く「ワサビを育てるのに絶好の場所を見つけたんだけど、遠くてねえ」と。しかし、あのこだわり様なら、ボスニアの清流にすくすくと育つワサビを見る日もそう遠くはなさそうだ。

間でタマゴをサービスしてくれたり、「開運」の大吟醸を飲ませてもらったりと至れり尽くせり。もう一人の板前さんに「あそこへは行ったか?ここはお勧めだよ」と、PCで観光案内をしてもらったりと、日本の寿司屋さんよりも親しみやすい。

店内には秋野暢子さんのサインもあり、既に何度か来店されているとのこと。

また近いうちにサラエボに行くと思うが、その際には必ずSUSH SANを再訪したい。ボスニアの郷土料理も旨いが、和食もね。

http://www.sarajevosushi.com


Laundro Loungeというランドリー

サラエボで洗濯物に困ったら、バシチャルシアはセビリ近くの「Laundro Lounge」にGo。イギリス人のジュリエットさんが経営するランドリー。洗濯物を持参して名前と電話番号を伝えるだけで、洗いから乾燥まで全て彼女がこなしてくれる。サラエボにはコインランドリーが無いので、旅人には非常にありがたいサービスだ。費用は15KM。

LaundroLoungeの奥は、彫金・彫刻家でもあるジュリエットさんのアトリエになっている。銅やシルバー、銅と銀の合金「四分一」をベースとした作品が展示されていて、その場で購入も可能。僕はペンダントを買った。今回の旅(2015年)で唯一自分のために買った物。かなり気に入っている。

道を聞いても親切に教えてくれるので、非常に心強い!

Sculptor Juliet is originally from England, was educated in Australia and now has own studio in Sarajevo. A half of her studio is a laundry that is called “Laundro Lounge”.

It’s quite nice service for the travelers because there is no other laundries there. Also, you can ask her the local information. And off course you can buy her nice metal works on the spot. I myself bought her pendant and it became one of my favorite accessory.   Have a nice time in Sarajevo, wearing clean T-shirt!

http://laundrolounge.net/
Laundro Lounge Facebook


Robin Dupuy


音楽の先輩、チェロ奏者のロビンさんが久しぶりに高松で演奏してくた。自作の楽器で。本当に素晴らしい演奏だった。

ロビンさんは今、即興演奏に取り組んでいる。和歌山の自然豊かな村に住み、少人数を相手に土でできた家屋の中でライブを行っている。

http://www.robin-dupuy.com/


旧ユーゴの旅17-サラエボ2

サラエボの街の様子。日本でもおなじみのブランドZARAがある。

サラエボ滞在2日目。モスタルまで一緒だったロバートが「やあ、君の泊まっている宿に俺も泊まることにしたよ」とメールが。なんとなんと。早朝に、新しい宿泊者が来たような気配があったが、まさかロバートだったとは。ロバートは2日間サラエボに滞在し、その後、ブカレストに向かうとのこと。

起床後、ロバートと合流し朝食を摂るために近所のカフェへ。何か食べるものを注文しようとしたら飲み物しかない。サラエボのカフェはコーヒーやお茶だけを提供する店が多い。とりあえず、カプチーノを注文し目覚めの一杯。会計して店を出る時には「良い一日を!」と一声添えてくれる。南スラブ系の血を引くボスニアの人々。体が大きくてゴツイけど、なんかみんな良い人っぽい。街歩きもあまり心配しなくても良さそう。


旧ユーゴの旅16 – サラエボ1

モスタルからサラエボに到着。バスターミナルは列車の中央駅のすぐ近くにある。一行、スーツケースを受け取ると、宿に向かって歩き始めた。街にはまだ銃弾の跡が数多く残っており、その一つ一つが殺意の痕跡だと思うとゾッとした。駅から東の方に向かって歩き、旧市街のバシチャルシアを目指す。少し歩くと、少し賑やかになってきた。洋服屋や家電屋、化粧品店などが軒を連ねる。そのまま進むと、第二次世界大戦の頃から火が灯り続けるモニュメントが。さらにそのまま進むと、街の風景が一変しオリエンタルな雰囲気を帯びる。旧市街のバシチャルシアに差し掛かったようだ。バシチャルシアに入るとすぐに「ガジ・フスレヴ・ベグ・モスク」という大きなイスラム教の寺院がある。そのモスクを右に曲がると「Hotel Old Town」までもう少し。目指す宿「Kod Keme」はHotel Old Townのすぐ隣だ。

Google Mapのお陰で全然迷うこと無く無事に宿に到着。ホテルと違い、レセプションが常駐しているわけではないので玄関には常時鍵がかかっている。インターフォンで到着を知らせると解錠され中に入ることができるのだが、顔の見えない外国人と話をするのはいつも緊張する。外国人っていうか、この場合、僕らが外国人なんだけど。

インターフォンを押すと綺麗な発音の英語で到着を歓迎してくれた。玄関が解錠され中に入ると、程なくして二階からから上品なマダムがニコニコしながら降りてきた。抑揚の付いたゆっくりとした口調で「こんにちは!ようこそ!」と。この宿を経営するネルミナさんだ。「ボスニア人」は無口で殺伐としていると思っていたので、彼女の温かい歓迎には本当に驚いた。それでも、明るいのはこの人だけで、街の人は殺伐としているのかもしれない。そんな疑念が拭い去れず、ここでイト家と別れるのが心細かった。

ひと通り挨拶を済ませると「あなたの友達は、今日日本に帰るのよね。もし良かったら、ここに荷物を置いて時間まで街を散策して来たらどう?」と。なんとありがたい。鍵を受け取って早速街に繰り出すことに。

イト家と過ごすのは後3時間くらい。とりあえず、旧市街バシチャルシアのランドマーク「セビリ」という水飲み場へ。旅行シーズンも終わりに差し掛かっていて、人通りはそれほど多くない。そのまま、北に向かい丘を登ると広い墓地があった。来た道を振り返ると少し街が見下ろせるようになっていて、目の前に広がる風景の美しさに息を飲んだ。そここから住宅地を縫うように歩き坂を下って元の場所へ。建築家のイト君は、これまに無い建物のデザインに興味津々で写真を撮りまくっていた。

まだ時間に余裕があったが、早めに食事を取ってゆっくりすることに。繁華街に向かい適当な店に入ると、ピザとローカルビールを注文。「サラエボ、なんか良さそうだよね」とイト君。彼らはクロアチアを旅することが目的で、サラエボに来たのは僕のワガママに付き合ってくれたから。自分自身もサラエボがどんなところか写真や映像でしか知らなかったし、ローカルの人々の性格なんて知る由もなく、みんなを連れてくることに不安があったが、気に入ってくれたようで安心した。

いよいよイト家と別れの時。宿に戻るとネルミナさんがタクシーを読んでくれるとのこと。長いフライトになるだろうから、とシャワーも勧めてくれた。泊まってもいないのになんて親切なんだ。

タクシーは間もなくやってきた。陽気な女性のドライバーで、大きな荷物も手際よく乗せてくれた。日本での再会を約束しタクシーは彼らを乗せて空港へ。

さて、ここから2日間一人行動になる。内心不安だったが、早速街歩きに繰り出した。まずはツインタワービルを目指して街の中心部へ。徒歩20分くらいだろうか。繁華街を抜けると、近代的で歪な形の豪華なショッピング施設「Sarajevo City Center」が。街をゆく古いトラムとのコントラストが印象的だった。Sarajevo City Centerの西側には、政府の庁舎ビルがある。紛争で傷ついていたビルも綺麗に修復されている。

庁舎ビルの北にはホリデイ・インホテルが。紛争中も営業を続け、世界中のジャーナリストがここから世界に向かって情報を配信した。ホテルの南側側面は最前線に面しており砲撃でめちゃくちゃに破壊されたという。

ホリデイ・インの東側にはツインタワービルが。こちらも見事に修復され、現在はオフィスビルとして使われているようだ。ざっと写真を撮り、暗くならない内に宿に戻ることに。

サラエボに来て初めて本物のアザーンを聞いた。