ELECTION

ボスニアの選挙ポスター

日本は第19回統一地方選挙の真っ最中ですが、ボスニア・ヘルツェゴビナの選挙ポスターに対するいたずらは、アートの領域に達していますね。

JIUJITSU CLUB SARAJEVO

Jiujitsu Club Sarajevo

写真の師匠ジーヤさんの紹介で訪れたサラエボの柔術クラブ。オリンピックスタジアムのZetra(ゼトラ)という体育館の中にある。最初にここを訪れたのは2016年で、その日がちょうど道場のこけら落としの日だった。その後、2018年にこの道場に正式加入し、滞在中、時間の許す限り道場に通った。人生3回目の白帯だ。一応プロライセンス持ちのキックボクサー(武勇会高松所属 香川県)なので、スタンディングで行う首相撲(キックボクシングやムエタイで多用される技で、相手に組み付き肘や膝を当てる)の経験はあれど、当然その程度ではブラジリアン柔術(BJJ)には全く歯が立たない。道場主のケナンさん曰く「BJJはヒューマンチェスだ」と。正にその通りで、ストライキングよりも緻密で論理的に感じる。十代の後半、浅草で古武術を習っていたのだが、その道場の館長が「寝技に『ラッキーパンチ』はない」と言っていた。恐らく、グラップリングの方が実力差が鮮明に出るのだろう。

自分自身、グラウンドには全くセンスを感じず、寝技系格闘技はずっと敬遠してきたのだが、実際にやってみるとこれがまた面白く、この年になってやっとその魅力に気がついた。

戦後の様子を撮りにボスニアに来たはずが、気が付くと、カメラそっちのけで格闘技ジムのマットの上を転がりまわっているのだから、写真家という属性に身を任せてみるのも面白い。つづく。

Place : Zetra Olympic Hall, Sarajevo
(a.k.a The Juan Antonio Samaranch Olympic Hall)

Learning Photography in Sarajevo

Ziyah Gafic at Grafotisak Grude

2016年より写真をジーヤ・ガフィッチ氏(写真中央)に習っている。もちろん習えるのはサラエボにいるときだけで、それ以外は自助努力を続けている。ジーヤさんは報道・ドキュメンタリー寄りの写真を撮っているが、ひとつひとつの作品が詩的で繊細。本当に素晴らしい作品を生み出し続けている。また、World Press Photoでファーストプライズに選ばれたり、TEDのフェローを務めたりと海外でも活躍されている。

ジーヤさんのお宅には、Airbnbの宿泊スペースがあり、2016年の滞在はそちらを利用させていただいた。ご自宅からオールドタウンまでは800mほどだが、坂道が急な土地柄、滞在を通して最も成長したのは、カメラの腕前ではなく脚力だったかも知れない。余談だが、サラエボで写真家活動をするに当たっては、健脚であることは非常に重要で、どんなに忙しくても渡航の2ヶ月前から走り込みを行う。

滞在中、幸運なことにジーヤさんの新作『HEARTLAND』の色校正を見学することができた。場所はモスタル郊外の「Grafotisak Grude」。非常に近代的な工場で、西欧の7割くらいの金額でプリントできるとのこと。自分もいつかここで。

つづく

Franz & Sophie

Franz and Sophie in Sarajevo

サラエボの茶館「Franz & Sophie」。写真で確認できるだけでも約160種類と、数多くの茶葉を取り揃えているカフェ。日本茶も数種類あった。Wi-Fi環境も整備されている。

写真のオーナーさんにその日の気分や好みを伝えると、多くのラインアップの中から何種類かピックアップして匂いを嗅がせてくれる。どれも素晴らしい匂い。ひとつ選んでオーダーすると、大きめのティーポットにお茶が用意されて運ばれてくる。保温用のローソクのお陰で最後まで暖かいお茶が楽しめる。蜂蜜を入れて甘くするのも良い。もちろんホットだけではなく、アイスもオーダーできる。冷たいお茶も旨い。夏のボスニアは本当に暑く、2015年の夏はモスタルで42℃を体験。あまり湿度がないので、日陰は過ごしやすいのだが、日中直射日光を受けながらの外歩きは非常に厳しかった。

写真は2016年に撮影したもので、2018年6月に写真のプリントとお土産の『茶の本』(岡倉天心著)を持って再訪。残念ながら、オーナーはその日は休暇で遠出していて不在だった。「せっかくお土産を持ってきてくれたのだから」と女性の店員さんにお茶を一杯薦められたのだが、残念ながらその後用事が控えていたので、後日出直すことを約束し、土産を置いてお店を後にした。

COMMANDER / ALPINIST

モハメド・ガフィッチ氏 / 2016年

2014年からボスニア・ヘルツェゴビナに出入りし、現地の様子を撮っている。彼の地は、旧ユーゴスラビア崩壊にともなう戦火が1992年に飛び火。以後、首都サラエボは4年に渡って敵対勢力に包囲され、95年の紛争終結までに12,000人が死亡し、50,000人が負傷したと言われている。

写真の男性モハメド・ガフィッチ氏は、ボスニアを代表する登山家で、紛争当事は特殊部隊の司令官を努めた。快活聡明な方で、私の写真プロジェクトにもご理解いただき、2016年にはかつての戦闘の最前線を案内していただいた。

この写真の場所は、サラエボ冬季オリンピック(1984年)に向けて建設されたボブスレーの競技施設。市南側のトレべヴィッチ山にある。現在コースは廃墟と化しており、グラフィティアートの部分は数年前に折れて地面と接するようになった。時々、地元の若者や観光客に遭遇する。

写真は天候のせいもあり、やや重たい雰囲気となっているが、街全体がこんな雰囲気かというとそうではない。市の中心部には近代的なビルが建ち、旧市街にはオーストリア=ハンガリー帝国時代の瀟洒な建物も多く残る。

市民も明るく快活な人が多い。個人的にゴツい写真を好むので、当ブログはボスニアの観光案内とはならないかもしれないが、サラエボは私にとって世界で最もホッとできる大切な場所であり、いささか不器用ではあるが、彼の地の魅力を一人でも多くの方にお届けすることができたらこれ幸い。